2011年3月4日金曜日

頭を打った時の診断

朝日新聞の投書欄にこんなものが出ていた。
専門の教育も受け、長年多くの子供たちと接してきたベテランの保育士でさえ、知っているべき事を知らないと簡単にパニックに陥ってしまう好例だと思ったので、ここに紹介したい。


2011年 平成23年 3月2日 水曜日
朝日新聞 オピニオン・声 より
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救急車の要請 仕方ないことも
保育士 大阪府吹田市 38歳 女性(実際の紙面では実名)

11歳の息子と近所の公園に行った際、走り回る息子が転倒し、路面で側頭部を強打。
ひどく痛がったが、うっすらと血がにじむ程度の傷なので、しばらく様子を見ていた。

数時間後、頭痛がひどくなり息子は立ち上がれなくなった。
週末の夜間のため、かかりつけの病院では診てもらえない。
心当たりのある病院に連絡しても、脳神経外科を薦められる形で断られてしまう。
大阪府救急医療情報センターへ電話して三つの病院を教えて頂いたが、どこも受け入れてもらえなかった。
最初の電話から1時間が過ぎ、息子が「気が遠くなる」と訴えたため119番通報した。

救急車で30分かけて市外の脳神経外科のある救急病院へ。
ところが、診察室に入るなり担当医が開口一番「どうして救急車なんかで来たの」と質問。
CT検査の結果、脳に異常は無く痛み止めを処方された。

救急車をタクシー代わりに使う人が増えて社会問題になっている。
しかし、躊躇して手遅れになることへの恐怖心から119番通報し、救急車でなければたどり着けなかった病院で診てもらえたのもまた事実だ。
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大昔から都市伝説のように語り継がれる「昼間頭を打った時にはなんともなかったのに、夜になって苦痛を訴え、救急車で運ばれたが手遅れだった。死因は脳内出血だった」というような“お話”だ。

これは、具体的にいえば「急性硬膜外血腫」の事例で、決して珍しい症例ではないことも事実ではある。

※※
急性硬膜外血腫ってのは、原因は交通事故などの外傷で、頭蓋骨骨折やこぶなどからなることが多く、急性硬膜下血腫とも言われている。すぐに「これ」といった決定的な症状が出ないために対応が遅れることもままあって、救急の際には意識しておかなけりゃあならないものの一つだ。
急性硬膜外血腫ってのは要するに、頭蓋骨の内側で脳を格納している硬膜と、頭蓋骨の間に出血した血液が血腫となることで、一般には外傷を受けることで起こるとされている。急性硬膜外血腫の原因となるのは、やっぱり交通事故が最も多くて、次にスポーツって感じかな。
※※


なぜこの投書を取り上げたかというと、これと似たような状況は少年サッカーの現場でも頻繁に起こりうるからである。
ただし、上の※※に書いたように「頭蓋骨の内側で脳を格納している硬膜と、頭蓋骨の間に出血した血液が血腫」になるくらいの外力が必要になる。頭蓋骨というヘルメットの内側へ出血を起こさせるような衝撃というと、これはかなりのものとなる(可能性としては、極々弱い衝撃であっても“絶対無い”とは言えないが、それは「風邪で死亡する」よりは小さな確率でしか起きない)。

この投書ママのような無用な心配をしないで済むように、少年サッカーにたずさわるコーチや親御さんにはGCSという指標を頭に入れておいて欲しいと私は思うのだ。
この「GCS」というのは、開いて言うと「グラスゴー・コーマ・スケール(Glasgow Coma Scale)」という名前の指標のことで、頭部外傷の重症度を表す代表的尺度だ。テレビドラマなどでも救急の現場で医療関係者が「グラスゴー・スケール3!(超ピンチ!)」などと叫んでいるシーンを見たこともあるだろう。まさにそれだ。

GCSは開眼反応、言語反応、最良の運動反応で評価されて、その合計点の範囲は3~15点となる。
一般的には3~8点を重症、9~13点を中等症、14~15点を軽症と定義される。


グラスゴー・コーマ・スケール (Glasgow Coma Scale: GCS)

Ⅰ.開眼反応 (eye opening) E
自発的に (spontaneous) 4
呼びかけにより (to speech) 3
痛み刺激により (to pain) 2
全く開眼しない (nil) 1

Ⅱ.言語反応 (verbal response) V
見当識あり (orientated) 5
混乱した会話 (confused conversation) 4
不適当な言葉 (inappropriate word) 3
理解不能な音声 (incomprehensible sound) 2
全く音声なし (nil) 1

Ⅲ.最良の運動反応 (best motor response) M
命令に従う (obeys) 6
疼痛部位識別可能 (localizes) 5 ←「どこが痛い?」ってやつ
四肢を屈曲する:  
 非識別性逃避反応 (withdraws) 4
 異常屈曲 (abnormal flexion) 3
四肢(異常)伸展 (extends) 2
全く動かさない (nil) 1

GCSはE+V+Mの合計点をスコアと呼び、この3~15点となるスコア評価が低いほど重症と判断される。
この投書女史の息子さんのスコアは、E4V5M6のスコア15となったであろうと想像される。

硬膜外血腫で重要なのは、脳への損傷があるかないかだ。
脳への損傷がなければ、大事(おおごと)になるケースはそれほど多くはない(早期診断・早期治療が望ましいことは言うまでもない)。

【とにかくこれだけを頭に入れておけ!】
頭部打撲後に、頭痛、嘔吐が続く場合、意識障害が進行したり、運動麻痺がある場合→早期に脳神経外科施設を受診する(即119番)。


不運にも脳へ損傷を負ってしまった場合は、(当たり前だが)その程度によって予後(経過)が決定される。しかし受傷後早期に脳神経外科または救急センターへ搬送することによって、低酸素症、低血圧症などによる二次的損傷を最小限に抑えることができ、予後が悪化する可能性を小さくすることができる(かもしれない)ので、スコアが段々低下していくようであれば(あるいは、良くなってこなければ)、迷わずに救急車を呼んで欲しい。でもスコアがそんなに悪くなければ(意識があって、呼吸もあって、目立った出血もない)、経過を観察していることこそがもっとも適切な対応であって、119番するのはその後良くない変化が生じてからでも「手遅れ」になることはないだろうと私は思うのであるがいかがだろうか。



以上です。

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